アラフォーになると自分磨きが報われる

日常

僕は会社でも皆に筋トレをすることを推奨している。自分の身体が変わっていくことは楽しい。メンタルも強くなった。何より毎日が楽しくなったのは、絶対に運動を習慣にしてからだ。生活にメリハリが出るから仕事の効率も上がる。

このように自分が感じるメリットは絶大なものがあるのだが、人からはどう見られているのだろう。

普段はそんなこと考えないのだが、ちょっと考えてみた。

40代になっても体型を維持している人は何かしら努力している。僕は朝ジムに行く時はインスタのストーリーに投稿することが多い。朝から筋トレする様子を1枚撮影して投稿するのだ。会社の後輩や同僚で僕をフォローしてくれている人もいる。朝の出勤前からジムに行ってる僕を、知らない間にリスペクトしてくれていたらしい。

自分ができないことをやれる人はスゴいと思う。勝てないって思う。

仕事をしていると会社が与えたアイデンティティーなのに、自分が偉いと勘違いする人がいる。とくに40代になると、仕事にも慣れ、会社でも立場が出てくる。そこで勘違いした人が現れる。仕事上、上の立場の人がスゴイ人ではない。上司や先輩が尊敬できる人とは限らない。

僕の場合も例外ではなく、周りは話は聞いているようなのだが、仕事だから聞くという感じだった。別に人として僕を尊敬している訳ではなく、上司だから話を聞いてるだけなのだ。

別にそれに対しては何とも思っていなかった。だけど筋トレをするようになって見られ方が変わった。あの人が言うから聞く的なことが起きていた。彼らにとっては出勤前、朝から自分を鍛えている僕は、自分にはできないことをやってる人だった。どうやら知らぬ間にリスペクトされていたのだ。

そして直接言われたこともある。実にありがたいことだ。

誰かと比べるためにやっていた訳ではない。あくまでも自分のためにやってきた。

だが、結果的に自分のやってきたことが他人と比べると、説得力を持つことになっていたみたいだ。

40代。努力しないと衰えていく。

20代30代前半の頃は運動なんてやらなくても体型が維持できた。35歳を過ぎたあたりから、下っ腹が気になり出した。鏡の前に立って自分を見ることなんてなくなっていたから、足元のものを取る時に腹の肉がひっかかる感じがするまで気が付かなかった。気付けばしゃがんでモノを取るときも、よっこいしょ、とゆっくりとしゃがむようになっていた。

顔をマジマジ見ると、自分の顔が急に老けてきた感じがした。若い頃の顔のシャープさはなくなり、目に力がなくなり、目が細くなった気がする。顔のシミも気になってきた。目の下のくまも気になる。

男の人は年齢を重ねると勝手にカッコよくなると思っていた。それは大きな間違いで、努力をしなければ、あっという間に老けていく。

僕は自分を変えようと思って運動を始めたのだが、ホントに始めてよかったと思ってる。お陰様で42歳にしては若く見られる。

この年になって、体型をちゃんと維持している人は、見えないところで何かしら努力している。若い頃に比べると代謝が落ちる。若い頃と同じような食生活をしていたら確実に太っていく。重力には勝てず、顔の皮膚は下がり目から力もなくなっていく。

みな努力をしているのだ。

土曜の今日も僕は朝からジムに行った。今日は早朝から子供の習い事の送り迎えの予定があっが、雨のためになくなった。だから、朝4時からジムに行こうと思っていたが、7時半から行けたので朝余裕があった。ジムにはいろんな人がいる。目的もさまざまだ。朝からガッツリ追い込んでいる人や、ストレッチを念入りにやっている人、本を読みながら有酸素運動をしている人など。僕の年齢でスリムな体型を維持している人は少なからず努力をしている。

そして、僕の周りは努力しない人だらけだから、その差はめちゃくちゃ開いていく。周りが勝手に脱落していく。だから自分のペースで継続して運動しているだけで大きな差がついていく。同じ40代とは思えないくらい見た目も変わってくる。

別に誰かと比べるために頑張っているわけではない。あくまでも自分のためにやっている。

でもどうせなら尊敬される上司でありたい、という想いもある。

部下や後輩は、生き方や体型を見ている。

年齢に甘んじず、努力をしよう。何かにチャレンジするだけで周囲と差別化できる。

自分の求めるカッコイイに向けて、努力をしよう。

それでは、また明日!


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