好きもキライも、自分がどう思うかだよね。

僕は音声メディアで情報を得ている。毎朝、通勤時間で音声メディアのラジオを聴いている。そこで好きなパーソナリティがいる。とても知的な方で物事の分解力がすごい。洞察力が非常に勉強になる。使っている言葉も語彙に富んでおり、真似したくなる大変学びの多いパーソナリティだ。

先日そのパーソナリティがある経済評論家のことを話題にしていた。その人のことを尊敬しているらしい。実は僕はその経済評論家のことはあまり信用していない。

そこで不思議な感情が湧いた。いつも聞いているラジオのパーソナリティまでも疑ってしまったのだ。誰が誰を好きに思おうが個人の勝手だ。どんな考えを持とうが人それぞれである。どんな意見を気に入って採用しようが、それは個性である。

自分の考えと違う意見を持つ人がいるのは当たり前。ましてや、自分の考えと異なる意見を持つ人を嫌う、という感情なんておかしい。意見が違って当たり前なのだ。

それなのに自分が嫌いな人のことを尊敬していると言われると、少々違和感を持つのは何なんだろう。

頭では個人の考えは人それぞれであり、価値観も人それぞれであると思ってはいるのだが、心の底で何か引っかかるものがあったのだ。

人の意見は参考程度。自分で情報を得て、自分で考える。自分で出した結論に従う。人の意見に流されず、確固とした自分の信念を持って自分で判断する。

好きなラジオのパーソナリティやインフルエンサーの言うことを真に受けて信じるのではなく自分の考えに従って自分で判断することが重要だと思った。

それにしても、流されやすい僕がお気に入りのパーソナリティーに異を唱える。自分の頭で考えることができてきたな、としみじみ思う。

それじゃぁ、また明日っ!

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