工場のヒエラルキーと矛盾した給与体系。

工場の仕事はつまらない。単調な作業の繰り返しだ。そこから逃げ出そうと思ったら、選択は2つ。仕事をやめるか、昇格するか、だ。

うちの工場では昇給と役職(地位)がイコール。 役職が上がれば単純作業のライン作業からは脱出することができる。だが当然その分、責任を伴う仕事をやることになる。

給料が上がれば、それだけ責任を伴う仕事につくわけだ。サラリーマンの世界では当たり前のことだ。

僕の勤める工場では、今そこに新たな種類の立場が蔓延る。

昇給し、給料は上がったが役職にはつかない連中だ。実はこのような人が多くいる。

彼らは一番賢く立ち回っている。彼らのようなのが生まれる背景は、会社には人材育成の目標値があるから。

毎年毎年誰かを昇格させなきゃいけない。給料をあげていかなければいけない。昇格にチャレンジさせなければいけないのだ。

人材育成の観点から、昇格の目標値がある。昇給が義務付けられているわけだ 。なので、必ずしも人材が適正なわけではない。

昇格して役職に一旦はつくが、その仕事には向いてないという人もいる。そうなると、鬱になってドロップアウトしたり、役職から降りてしまったり、となる。すると給料は上がるが、 仕事としては以前と同じことをやることになる。

そして問題なのは降格の制度がないこと。上がったらあがりっぱなしなのだ。だから賢い人間は敢えて給料だけ上げておいて、すぐにその立場から降りる。給料だけ上げておいて同じ仕事をやる。責任ある仕事に敢えてつかない。無敵モードに突入するわけだ。実に賢い。

僕は常々『やりたいようにやればいい』と基本的には考えている。だが誰もが自分勝手にやりたいことだけやると、まとまりはなくなる。

会社という組織なんて崩壊する。みんなが自由気ままに勝手に遊んで社会が成り立てばいいのだが、そうはいかない。

ここに書いたように、給料だけ上げておいて、責任ある仕事から逃げる姿勢も、みんながみんなそれをやり出したら仕事なんて回らないのだ。

人間は社会的な生き物だ。協力し合って生きている。みんなが自分の利益だけを考えてワガママやりたい放題では成り立たないのだ。

誰かの役に立って自分も楽しめて、自由気ままに生きていけるとよい。

自分が楽しむのもいいのだが、まず人を楽しませることから考えて生きていきたい。

それじゃあ、また明日!

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