毎日情報発信することのメリット

日常

忙しい毎日を送る。毎日仕事で1日が終わる。残業になると、仕事が終わって家に帰れば、あとは夜ご飯を食べて風呂に入って寝るだけ。1日の大半が仕事だ。その仕事がつまらないものだったら、1日の大半をつまらない時間を過ごしていることになる。苦行である。毎日が消費されて消えていくだけ。自分の存在意義もよく分からなくなる。

状況打破には、情報発信である。

僕はネットサーフィンをして毎日ブログを書いている人をたまに見ていたが、スゴいなぁと思っていた。

ブログに関しては、続けることに意味がある。と、言う人もいれば、内容がないブログを書いていても意味がないという人もいる。

僕の場合、両極の意見に揺れに揺れ、ブログの投稿が止まっていた。

毎日読みごたえのある文章を投稿するのは僕のような凡人にはムリ。あきらめた。

そしてなんでもいいから自分の考えを毎日投稿してみることにした。

ブログを書く目的

僕がブログを書く目的は、毎日の足跡を残すこと。消費されるように過ぎてく毎日のなかでも自分が思ったことや考えを残したい。生産したい。ということだ。

考え過ぎちゃって更新がとまるよりも、そんなに深く考えず、情報発信する。それならば個人的にやればいいとも思うが、これがオフラインの日記だと続かないのだ。基本的に怠け者の僕にとって、誰かに見られるというのは大きなモチベーションになる。

深く考えずに、毎日発信してみよう、と思い、とりあえず1ヶ月は毎日更新ができている。すると自分から出てくる情報の少なさと薄さに驚くばかり。会社と家との往復の生活を続けていると、どうしても情報が偏ってしまう。新しい情報は積極的に取り入れて行かなければいけない、という気になる。

ブログを毎日書くことで、自分が毎日何を考えているかが見えるようになった。最近は仕事に対する愚痴が多い。愚痴だけをつらつら書き綴っていても、見ている自分がげんなりする。だんだんと、この愚痴は一体どこから来るものなのか、と考えるようになった。

会社で同僚と仕事の愚痴を言ってるのとは異なり、なぜ愚痴が出てくるのか、もっと広い視野をもって考えるようになる。

『グチって、スッキリしておしまい。』ではない。

会社の仕組み、社会の仕組み、資本主義社会とメタ的に考えることで、嫌いな上司が構成される社会システムを認知するようになる。歪みの産物なのだ。そうみると、小さなことなどどうでもよくなる。つまらない仕事も嫌いな上司も意味のない資料作成も資本主義社会の産物なのだ。あきらめよう。

つまらない仕事や上司は、仕組み上生まれてしまうものなのだ。仕方がない。

その人が悪い訳ではない。システムが悪い。

【おわりに】

自分との約束を守れるか?

忙しく過ぎ去る毎日の中でも、何か形に残す。

情報発信は僕というちっぽけな人間が生きた形を残す。

単調な毎日。消化されていく一日のなかで、唯一足跡を残す。

何より少しでも自分と決めた約束を毎日続けることが、楽しい。自己肯定感が高まる。

できうる限り続けようと思う。

次の目標は11月も毎日投稿することだ。

にしても、最近は忙しくてなかなかジムに行けない。

平日のイライラ感はたぶん原因はそれ。

5日もトレーニングできないとなまる。

週末の楽しみは、筋トレですわ。

それでは、また明日!


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