退屈な毎日をスピリチュアル的に考えてみる

日常

引き寄せの法則と今現在の自分

昔引き寄せの法則にハマった。本もたくさん読んだ。

ご存知引き寄せの法則とは、思っていることを引き寄せる、自分が考えていることが現実化するってやつ。

これ自体はウソではないと思っている。事実、色んな幸運を経験したし、振り返ってみると大体のことは実現している。

簡単なことは実現する。それは心からできると思っているから。実現の大きさはあれど、小さいことはすべて叶っている。実は、夢の大きさも関係なく、本当に心から願っていることは、叶う。

今が満たされていない。でもそれは、自分が望んだこと。

思考が現実化するのなら、今現在が満たされていないとすると、満たされていない現状を望んでいたことになる。

こころの奥底では、つまらない仕事や退屈な毎日を肯定し望んだ自分がいたってこと。

それが現実化しただけ。と、いうことになる。

周りを見渡してみる。望んだ現実になっているのか?

今この記事は、仕事前の会社の駐車場で、車の中で書いている。勤務時間まではあと一時間はある。みな車の中で出勤までの時間を潰している。

ここから見渡す光景は、 運転席のシートを倒しスマホをいじるもの、車の中で化粧をする人、朝御飯のパンをほおばる者、仮眠をとる人が見える。引き寄せの法則で言うと、これらの人も自分が望んだことが叶っているということ。

『こんなの、自分の望んだことではない』いやいや、実は叶っているのだ。

毎日同じ場所に来て仕事に来て退屈だ。

遊んで暮らしたい。でも働かなくちゃ金がない。

仕事の前の短い自由時間だけは自分の思ったことをやりたい。

そして、そのように願望が叶っている。

もし常識が間違って作られたものだとしたら?

願ったことが叶うのが真実。みんなが幸せになっていい。みんながなりたい自分になればいい。だが、現実はそれを邪魔するような情報や思いこみが蔓延しているようにも見える。

例えば、週末の旅行だけが楽しみで、平日の仕事は我慢して生きている人がいたとする。テレビドラマでみるビジネスマンなど、毎日上司に怒られながら謝りながらも仕事をして、そして週末を楽しみにしている。たまに会社の同僚と飲み屋で仕事の愚痴をいって毒抜きしながら。そんなイメージで描かれていないだろうか。

その考え方、価値観が植え付けられたものだとしたら?ステレオタイプだとしたら?

仕事はつまらないもの。我慢するもの。みんなも我慢して生きてる。だから週末の休みまでは頑張ろうって、植え付けられてるとしたら?

本当はみなが思った通りの人生を歩めるのだ。自由を謳歌できるのだ。

でも、そうなると困ると思っている人がイメージをコントロールしているとしたら? 真実を隠しているとしたら?

そんな陰謀めいたことも考えてしまう。

僕たちのなかにある社会的な常識ってやつは誰かに教わったものだ。その教育のなかで間違ったことを教えられて成長したとしても、誰も間違いには気付かない。

人には自分が思い描いたことを実現する能力が備わっている。

でも、その力の使い方を忘れてしまった我々現代人は、自らその能力を過小に使っている。

そのような常識にとらわれない人たちだけが自分の思ったことをどんどん叶えていく。

もしかしたら自分の好きなことをやるってのは、そんな間違った常識から抜け出す抜け道なのかもしれない。

【おわりに】

なりたい自分になる方法は、自分を信じること。

夢を叶えることは、誰でもいつでもできるんだ。

『あきらめたらそこで試合終了だよ』

安西先生の金言こそ真実である。

それでは、また明日!


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