運動はウソをつかない

日常

アラフォーの僕は最近運動するのが習慣になっている。何度もこのブログで書いているが、昔から運動嫌いで運動音痴。自分が運動の素晴らしさを語るなんて思ってもいなかった。

タイトルにあるように、運動はうそをつかない。身体は鍛えれば答えてくれる。

筋トレをすれば筋肉はつくし、走り込めば体力もつく。

何十年ぶりに本気で走ったときは、身体中の細胞が総動員で動いてる感じがした。運動後にぐっすり眠った朝は完全に蘇った感じがした。

なぜこんなにも運動にはまったかと言うと、何を隠そう、仕事ではウソが多いからだ。

仕事ではウソもつく

ウソと言うと多少語弊があるが、体裁よく繕うために数字を盛ることは事実、ある。やれもしないことを夢物語のように語ったり、やらないくせに実現したような未来を語る。報告用の資料は都合よく数字を盛る。そう求められる。

こんなムダなものを作る度に、身体が拒否反応を示すようになっていった。毎日が消費して捨てられるような仕事。自分の成長が感じられなくなった。

僕の仕事は工場でものづくりをやっているのだが、立場が現場から離れるほど、この手のムダな仕事が増えていった。現場に近いほど、仕事はリアルで楽しみもあったが、離れれば頭の中の仕事が増える。

この先5年、10年を見据えて仕事をするように求められるが、直近のウソに固められた毎日を積み上げて、いったいどんな明るい未来があるのだろう。

最大限抗ったが、ある時諦めた。この仕事はそういう仕事なのだ。

話が大分それた。言いたいことは、仕事はウソをつくようなくだらない仕事が多いが、身体はウソをつかないってこと。

身体はちゃんと応えてくれる

身体は鍛えれば、100%結果がでる。これが面白くなった。身体はウソをつかない。

そして、僕のような中年が体型を維持するには、何かしら運動をしないと維持できないことも知った。スマートな体型を維持している人は運動をしたり、食生活に気を使っている。

自分が運動するようになって、ジムで体型維持のために頑張っている人たちを日々見るようになった。すると、だらしない体型は本人の努力の欠如、自己管理能力の無さに見えるようになってきた。

口だけで偉そうなオシサンたちは決まって中年太りである。毎日の自己管理が体型に現れている。ウソっぱちの資料を作ることを暗に推奨してくるオシサン達は管理者なのだが、自己管理ができていない。口で言うことは、もっともなことだが、自己管理のなさが体型に現れている。そう見えるようになってしまった。すると、たちまち説得力はなくなる。

そして、自分はそんなオジサンになりたくないって思った。男は身体と実績で語れ、と思うようになったわけだ。

男は背中で語るってヤツなの?

よく分からんが、なりたい自分になれるように、がんばろ。

それじゃぁ、また明日!


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